「キミは最近なにかに感動したかい?」

薄暗いバーの一角で、男は僕に問う。その質問にうまく答えられず、壁の時計を見てみると、すでに日をまたいでいた。ウィスキーの薄さが、時間の経過を物語っていた。

「ないだろう。」男は言う。

僕はまだ何も言ってないじゃないか。そんな言葉も耳にせず、彼からは次々と言葉が出る。

「…なら、メキシコを旅するといい。西武の風”サンタナ”がお前の頬をなで、止まらない汗と陽気な音楽、死と愛と、テキーラの国。メキシコを。」

男はそれ以上喋らなかった。僕はそのバーを後にした。

“世界一周 45ヶ国目/メキシコ”

僕のライフスタイルの中心に「旅」が完全におかれた頃。僕はメキシコへの旅を決行した。アメリカでの仕事を終え、そのまま陸路で国境を越え”ティファナ”から、約2週間かけて5都市を巡るものだ。

噂通りのうだる暑さの中、サボテンとタコス、ブリードを探しにカリフォルニアからメキシコへ。

ここは アメリカ・サンディエゴとの国境沿いの街「Tijuana/ティファナ」。

サンディエゴからトロリーに乗って、徒歩で国境を越えた。詳しいことはそんなに知らないが、アメリカとメキシコの国境の間に壁を作るとか作らないとか。

情勢も不安定そうだし、不安じゃないといえば嘘になる。と、同時に新しい国へ踏み入れる、新しい世界への期待もどこかある。不安と期待の比率は6:4。この心拍数は、世界一周のときに経験したもの。

「まだ見ぬ国はどんなんなのかな?」

久しく感じていなかったこの感情。移動をしているだけなのに、頭の中の世界地図がより鮮明に焼き付いてくる。

トロリーを降りて、イミグレーション。硬い鉄の扉を越えて、メキシコへ。超えてみると…意外とアッサリ。みんなが口を揃えて言う「危険だよ」という言葉は、どこへやら。⠀

「百聞は一見にしかず」とはこのことだった。どうやらアメリカ→メキシコ間の国境越えは、あまり厳重ではなく、その逆、メキシコ→アメリカ間は厳しいそう。

ティファナの町は、アメリカの町並みと似たり寄ったり。ただどことなく感じる”メキシコ風”な雰囲気。

もっともっと「メキシコ」を感じてみたくて久々に10kmくらい歩いてみた。

ぼくはよく、その国を歩く。自分の足で歩くと、今までそこにあったのに気付けなかったものが見えてくる。タクシーよりも、バスよりも、ときには「不便さ」から学ぶ必要があるかな。

こちらは、砂漠気候。日中は暑くて、夜は寒い。

メキシコに入国するとすぐに小さな子供たちがキャンディを売っていた。

空は広くて、言葉は通じない。物価も安く、どこからともなく賑やかなラッパや太鼓、ギターの音が聴こえる。タコスに、ナチョス、トルティーヤ。

今まで知らなかったもの、見たことないものが、突然目の前に現れて、毎日が刺激的なアップデート。まるで子供の頃に戻ったかのように。これだから旅はやめられない。

メキシコの死生観

「死」を理解することで、今一度「生」を再確認できる。

…メキシコを旅していると、世界と、とりわけ日本と、大きく異なる「死生観」を学ぶことができる。

インドのヒンドゥー教とも違う、今まで体感したことのない「死生観」だ。世界においてもこうした生者と死者との関係が存在する国はほとんどないと僕は感じる。

メキシコ人にとって、「死」は”生の終わり”ではなく、永遠の生という幸福の、必要なステップだそう。

11月に行われる「Día de muertos 死者の日」は、日本のお盆のように、堅苦しいしきたりのもと迎える、何か荘厳で暗いイメージとは全く異なる。

メキシコ人はあの世から愛する故人が帰ってくるのを待ち、そして、陽気な音楽と家族の笑顔、温かい雰囲気とともに、そのひと時を味わい尽くすそう。まるでなにかのフェスティバルのようにハッピーな空気に包まれる。

メキシコの歴史を辿ると、かつてのアステカ宗教の特徴として、何らかの犠牲(特に心臓をくりぬかれ生贄にされる)により迎える死は、高尚な使命を与えられたことを意味するそうだ。確かに「死」に対して、何か特別で、ポジティブな見方がここに覗える。

『The Shape of Water』のメキシコ人映画監督のギレルモ・デル・トロはゴールデングローブ賞を受賞した後のスピーチでこう述べている。

「ある意味、私たちは誰よりも生を謳歌しているのです。なぜなら、死について明確に意識しているからです。」

メキシコの人は死者に敬意を払うが、同時にジョークの種にしたりもする。それは、「死」を昔馴染みとして受け入れ歓迎している証拠だ、と。

…「生ある者は、やがて “必ず”死ぬ」

僕の発言のほとんどすべてを、みんなは”当たり前”のように知っているだろう。あぁ、当たり前のことだ。だけど、それを「どう理解したか」がとても重要になってくると思う。

「いや、知ってるよ。」そんな一言で片付けてもいい。だけど、僕は、僕の中でも真理を突いた生き方をしたい。かな。

メキシコの陽気な風と共に、今宵もどこかで、ポロンポロンと、おんぼろギターの音が聴こえる。

世界遺産の街・グアナファト

サンディエゴとの国境沿い”ティファナ”の町から、宝石箱をひっくり返したような街、メキシコ「グアナファト」にやってきた。

グアナファトは、メキシコ中部に位置するグアナファト州の州都。ピンクやブルー、イエローで飾られたカラフルな家々や街並みが観光客を惹きつけ、現在は観光地として人気が出ているそう。

たしかに街を歩いているだけで、カラフルな街並みに心も踊る。

ここ、ピピラの丘から見下ろした旧市街の景色は、本当に美しかった。ペルーのクスコ、インドのジャイサルメールと並ぶような、気持ちいい眺め。

覇王樹

メキシコの野生のサボテン!大きいね!こんなに長いサボテンが、当たり前に生えてる。

しかもこっちでは、サボテンの調理方法がある。「ノパル」という種類のサボテンなのだが、道端でものを売りながらノパルのトゲ削りをしているお母さんたちをよく見かける。

食べてみると、少しねばねばした食感。オクラやメカブ、茎わかめみたいな、ねばねば野菜が好きな人は、絶対好きだと思う。

ノパルのほとんどは、サラダやスープ、サイドディッシュとして食卓に並べられる。僕はタコスに肉とチーズと一緒になっているサボテンの食べ方が1番好き。

日本にいた頃は、サボテンは「植物」だった。メキシコを旅してから、少しだけ「食べ物」になった。

世界を旅すると、自分の常識が変化していく。というか、自分がどれだけ小さな”常識”という箱に閉じ込められていたかに気付く。

変な価値観に縛られる前に、僕はもっと、世界を見てみたいな。

古代都市・テオティワカン

“世界遺産の街グアナファト”から、西南に約500km。メキシコシティにやってきた。

ここは 世界遺産となっている古代都市、「テオティワカン」。メキシコの首都・メキシコシティ北東約50キロの地点にあり、紀元前4世紀から6世紀に最も繁栄したとされている。

その最盛期、エジプトのものに匹敵するピラミッドがいくつも建設され、まさに世界最大の都市だったが…

この都市についての記録は、ほとんど存在せず、今もなお謎だらけ。

「生贄の儀式」があったり、

「建設者も滅んだ理由もわからない」

「ピラミッドの下で大量の水銀が発見された」

「電磁力の生成」の跡があったり。

テオティワカン遺跡の3つの主な建造物は、オリオン座の三ツ星とまったく同じ配列をしている。これは、エジプトのギザの大ピラミッドもまた三ツ星と同じように配列されているよね。

…とにかく、まだ”分かってないこと”だらけ。テオティワカン遺跡は一割ほどしか発掘されていないという。今後、何が見つかるかはわからないけれど、驚くべき発見が待っているはずだ。

僕たちの過去には解明できない謎がたくさんある。その答えのいくつかが、テオティワカンで見つかるかもしれない。んー!情熱が止まらない!!

トゥルムのセノーテにて

メキシコの東部に位置し、カリブ海に面する「トゥルム」 。メキシコ東部といえばリゾート地・カンクンのイメージがあるかもしれないが、僕は圧倒的にトゥルム派。

カンクンから南に2時間くらいバスで下ったところに、トゥルムという街がある。”リゾートな旅”にちょっと飽き飽きしている人には、トゥルムがおススメだ。

イメージでいうと、バリみたいな感じかな。

ちょっとローカルでスリリング。そこには豪華なホテルリゾートなんてなくて、大自然の中、ホステルを探して、地元の人たちと交流ができて、ヤシの木がたくさん生えている。

でもってアクティビティ満載!そんな旅がトゥルムでは味わえる(物価も安いまんまだしね)。

この地域は、マヤ文明の「トゥルム遺跡」が有名だけど、”セノーテ”もたくさんある。セノーテとは陥没穴に地下水などが溜まった、天然の大きな池や井戸のようなもの。

グランセノーテは透明度がとても高かった。朝1番に行って大冒険してきた。僕の旅に「刺激」は切っても切れないもの。迷った時はワクワクした方へ進もう。

物語はキューバへ

このあと、僕はカンクンからキューバ・ハバナを目指す。「キューバ」って聞くと、みんなは何を想像する?…僕は「ロマン」でしかない。

レトロな車が街を走り、心地の良い風とサラサラなびくシャツ。どこか懐かしいマラカスの音に、葉巻の独特な匂い。

街全体の時間がゆっくりと過ぎ去り、ちょっとそこのレストランで、美味しいモヒートでも頼もうか。と心も弾む。

もう一度「チェ・ゲバラ」の話を調べてみようかな。

ゆっくり、ゆっくりと、カリブ海の夕日はオレンジ色にハバナの街を染めていく。2週間かけメキシコを縦横断し、物語はキューバへ。

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